選挙で思うこと

久々に家の近くの投票所に行ってきた。いつもは期日前投票をすることが多いので、久しぶりだった。投票というと私はいつも気分が重くなる。理由は、投票所入場整理券を係りの人に渡すと、いつも顔をジロジロ見られたり、後から、間違えた!みたいなヒソヒソ声が聞こえたりするからである。何を間違えたかというと私の性別である。以前の投票で、選挙区での投票は男で比例区での投票は女と判断されたこともあった。私自身どちらの性別に思われようとどうでもいい(という境地にまできた)のだが、この人々の反応や目線がいつも嫌やなあとなる。目は口ほどに物を言う。ほんまに。

今回の投票では、最初に券を渡す机に大きく「男性」、「女性」と書かれたパウチされた紙が貼ってあり、机上にも水色とピンクの紙が置いてあり、その紙のところに渡すのだなということが見てすぐにわかったので、向こうの人が私の性別を判断して間違えた!と言われることはなかった。

無事投票を済ませ帰ったのだが、やはり、性別を男女のどちらかを選ぶというときに迷いというか、変な気持ちが生じる。こういうこと“普通”はあまり考えないのかもしれないが、私は考えてしまうのである。それは、自分が男でも女でもないような気がしているからである。このことについては、また今度書きたい。私がよく思うことなんやが、どうしても生物学的な男女別にしなくてはいけないとき、例えば銭湯とか温泉とか、他今すぐに思いつかないんやけど、そういうとき以外ってわざわざ性別知らせる(表記する)必要ってある?と思ってしまう。選挙だったら、後で年代別、男女別で集計取るんか知らんけど、それを取って、どういう意味があるのかが知りたい。今回の選挙では20代の男性の投票率が低い~みたいなことを調べるためなのか、それを調べることに男女を分けることがどう必要なんかが知りたい。

実際、性別表記をなくした自治体もあるようだ。2009年8月30日の朝日新聞の記事を見ると全国の主要自治体の5割超が「男」「女」の性別表記を2003年衆院選以降の6年間やめていたそうだ。

“現在、漢字表記していないのは、元々していなかったところと合わせ計60自治体。一方、13市は今回の衆院選でも漢字表記を変えない。福井市や徳島市の選管は「問題として認識しているが、今のところ市民から要望はなく、具体的な検討はしていない」としている。”(2009年8月30日朝日新聞)
http://www.asahi.com/senkyo2009/news/OSK200908290041.html

ちょっと前の記事なんで今現在のデータが知りたかったんやけど、今の状況はどうなってるんやろう。この記事を読んで、自分の過去の投票のこと思い出したり、性同一性障害(GID)などで、自分の戸籍上の性別に違和感を覚える人のことも考えたりした結果、この男女表記の嫌なとこは、

① 自分の本来の性別と思っている性別表記ではない(GIDで戸籍変更されていない方etc)

② 投票入場券に性別表記される理由がわからない(PQ(私))

③ “一般人”が思っている表記されている性別の見た目と、当人の見た目が一致しなかったときの“一般人”の人の反応が嫌(共通)

と、思いついたんやけど、②は③につながるから嫌やなあと思うし、①も③につながるよなあ。そう考えると周りの人の反応が結局投票に行く腰を重くしてるんかなあ。①はそもそも表記されること自体が嫌かもしれないが…。

これにも関わることであると思うんやけど、選挙の電子化っていつになったらするんやろう。他の外国でも導入されている制度で、字が書けない(読めない)人や、鉛筆が持てない人でも立候補者の顔写真をタッチすれば投票ができるっていうやつ。それと共にインターネットで投票できるようになったらもっと投票率も上がると思うんやけど、どうでっしゃろ?なんでこれが導入されないのか…。ネットで投票できるようになったら若者の投票も増えて政治が変わると思うんやどなああああ。
あと、性別のことで間違えたとか言われることもなくなって一石二鳥やんか。性別も男、女、FTM、MTF、Xとかいろいろ作って、表記なしももちろんありで、もっとそういうシステム作ったらええのに。

投票に行くのも義務化したらいいと思う。選挙権があるのに捨てる人はどれだけこの権利が尊いのかわかってないのか、どうでもいいのか、どうでもいいんやろなあ。
そういうふうにしか思われない国っていうのも悲しいし、かといって期待できるかと言えば正直私もあまり期待できないと思ってしまうけど、国民が何もしないで無関心ではどうしようもない。しかし、どうしようもないように仕向けられて作られた国家だったとしたらぞっとする。悲しい。

なんか悲しくなってきた。投票の電子化、ネット化いつになるんやろうなあ。


ほなね



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