タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?




タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?
戸部田誠著

 この方の文章は、マトグロッソというサイトで初めて読んだときに、その面白さに衝撃を受け、大変気に入っていた内容であった。確か、“タモリにとって「偽善」とは何か”の章だったと思う。
 この文章を読んでタモリという人物の特異性と、その特異な部分に何か自分とのある種の共通点を見つけたような気がして、すごく嬉しい気持ちになった。この戸部田さんの書く文章が大好きになった。

 月日は流れ、先日、ふと『タモリ学』という名前の本が出版されていることを知る。よくよく見ると、あのマトグロッソで連載されていた方だ、これは読みたい、そう思って、6にこの本を早速買ってきてもらった。読んでみると、あのときの興奮そのままに、のめり込むように、ざくざくこのタモリ学を読み進めてしまった。こんなに面白いと思った本は久々だった。タモリという人の生き方、考え方、行動、など過去から現在までをこと細かく引っ張ってきて書いてあった。読んでいけばいくほど、自分の中身が軽くなるような気持ちになった。どんどん精神が解放されていくのがわかった。ああ、自分もこんなふうに生きていいんだ、と思えた。どこかタモリさんと共通する部分があると自分は思いながらも、自分で自分の生き方を縛り付けて、今まできていたんだろうなと思った。目から鱗だった。もっと自由でいいんだ、もっと適当でいいんだ、もっと何も目指さなくていいんだ、夢なんかなくても生きていていいんだ、ただ、現在を生きていたらいいんだ、今を楽しんだらいいんだ、そう思った。
 そう思うと、体の周りを穏やかな風が吹いたみたいに、自分のことを俯瞰できて、自分で自分の首を絞め、足を引っ張ってきたその思考、言葉のことをバカらしいと思うようになった。どうでもいいことやんか。
 今自分のやっていることに意味なんかなくていい。生きてることに意味なんかなくていい。これ、大学のときの心理学の先生もいうてた。それを意味をつけて、その言葉の上に乗って皆安心したいんやな。
 何かの固定観念なんかなくなったらいいのに。絶対こうあるべきなんていうことは本当は一つもないんじゃないかねえ。自分で好きな選択をしていいんじゃないかねえ。そう思う。
 タモリのお陰で、すごくすごく今気持ちがなんていうか今までにないような気持ち、っていったらオーバーかもしれんけど、すごく楽。何もなくていい。一所懸命遊んで妄想して、好きなことをもっと一所懸命やりたいと思った。



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